Eggs&Seeds

キレイゴトと毒が目一杯詰まった法科大学院生のブログ。
いつか殻を破って何かになりたいと企みながら
頭に浮かんだ独り言をありのままに吐き出します。皆様見守ってやってください。
感想・ご意見その他、コメント・TB大歓迎☆(但し、スパムは見つけ次第削除させていただきます。)

<< November 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

[ - ]
- : - : 

『任天堂 “驚き”を生む方程式 』

評価:
井上 理
日本経済新聞出版社
¥ 1,785
(2009-05-12)

努力しても結果が出ないときは出ない。
結果は天が決めるもの。
運命を、天に任せる。

これが「任天堂」の社名の由来だそうです。
さすが花札屋w

任天堂のお家芸は
普及して当たり前になりすぎた「枯れた技術」に
「えっ!?」って思うような発想の転換を加えて
斬新な娯楽を提供すること。

それを可能にする「任天堂らしさ」は何かを、
開発に携わってきた中心人物達に焦点を当てて、
浮き彫りにしようとしているのがこの本。

紹介されてる人達がまた、面白い人ばかり。
「心はゲーマー」の社長、破天荒な世界的カリスマクリエーター、遊びの天才、直観の勝負師・・・

それぞれに個性的ですが
娯楽を扱うことのプライドがめちゃくちゃ高いのは、共通しています。
いわば「娯楽職人」。

この本を読むと、
実際に任天堂のことを知ってるわけじゃないけど、
真剣に楽しく仕事してる人達の姿が目に浮かんできます。

『驚き』や『喜び』を食べて育つ人間が働く会社であり、
会社もその成果を食べて育つ。
それが任天堂。

任天堂が目指すものは、
お客さんニコニコしてもらうこと。
そのやりがいで社員もニコニコできて
結果として商品が売れて、取引先もニコニコ、
業績が上がれば投資家もニコニコ。

そんなニコニコの連鎖を目指す、「笑顔創造企業」って素敵じゃない?


久しぶりに、ノンフィクションの当たり本でした。
私の中で、任天堂の株が一気に上がりました(笑)

本文中で幾度かアップルと任天堂の共通点を指摘しつつ
最後に、iPhoneとの競争が今後どういう展開を見せるか、
という形で締めくくられていますが
人を知っちゃうと、任天堂を応援したくなりますねw

任天堂のゲームをやったことがない方にもオススメですが、
ちょっとでもやったことがあれば、よけい楽しめると思います(o^-^o)

内容紹介
任天堂はなぜ強い? WiiとDSのヒットで最高益を更新。不況下でも快走を続け、今や米アップルなどと比較されるイノベーション・カンパニーとなった任天堂。独創的な商品開発の舞台裏、“驚き”を生み出す仕組み、創業から受け継がれる哲学など、同社独自の「突き抜けた強さ」の秘密を解き明かす。製品広報や投資家向けIR以外、徹底した情報統制が敷かれ、関連書もわずかしかない中、岩田社長、宮本専務、山内相談役ほか経営トップらに直接取材を行い、これまで公にされてこなかった同社の経営の中身に迫った初の本。

内容(「BOOK」データベースより)
任天堂だけが持つ独自の哲学とは。その源流とは―。娯楽に徹せよ。独創的であれ。なぜ世界中が夢中になるのか?快進撃の秘密を解き明かす。
 ]
comments(0) : trackbacks(0) : 

東京大学のアルバート・アイラー―東大ジャズ講義録・歴史編 (文春文庫)

「平均律→バークリー・メソッド→MIDI」という音楽の記号的処理をキーワードに、ジャズを中心とした商業音楽の変遷を綴っています。「人間が編纂する歴史は全て偽史である」と言い放った上で、そうした前提の下に魅力的なジャズ史を編もうとするスタンスに好感触。

音楽の記号化・数値化という科学主義的な試みが、ジャズを生み出し、発展させた。一見すると芸術と対極にありそうな記号化・数値化が、音楽の変遷と深く結びついている、という切り口に面白さを感じました。

感性と論理は相反するようでいて、超一流レベルでは、感性が論理を生み出し、論理が感性を生み出す、という相互作用が起こっているから不思議。
例えば、数学では音楽と逆に、感性によって絶対普遍の真理を発見する作業が行なわれています。こうした感性と論理を融合は、少なくとも当分の間は、コンピュータが人間にかなわない世界の話ですね。

本書のレビューに戻ると、
講義の語り口をそのままに綴ったような文章(実際はテープ起こしではなく、授業内容を元に大谷氏が作成した文章だそうです)で、講義に参加しているような臨場感を持って読み進められます。
そんな文章のおかげでさらっと読めますが、内容はかなり難解。
ちゃんと理解できたのは、全体の十分の一もない気がします^^;

文中では様々な音源が引用されていて、実際の講義は、それらをかけながら、音楽の変遷を体感できるような内容だったそうです。
私はあまりジャズに詳しくないせいもあって、文章中の説明を読んで、何となく頭で分かった気にはなっても想像力が追いつかず、今ひとつピンと来ませんでした。
実際に聴けたら理解も深まりそうなので、本書の内容を体感できるように引用音源を集めたCDを作って欲しいですw

この本、ちょうど大学一年のときに開かれてた教養学部の講義録なんですよね。
今駒場に戻れたら、絶対この講義聴くんだけどなぁ。。。
生講義を聴かなかったのがほんともったいない。
といっても、シラバスで目にしてた可能性はかなり高いのですが
当時はジャズにも音楽論にも、それどころか芸術論にも全く興味無かったし
食わず嫌いしてた分野だったので、知っててもまず聴講しなかったろうと思います。
可能性ゼロだったので嘆いてもしかたないですねw
中にいるときは、そこがどれだけ恵まれた環境かってことに気づきにくい。よくあることです。

ともかく、当時は分からなかった面白さを、今は少しだけ感じ取れるようになってきた。
そういう変化はあったようなので、とりあえず良しとします◎

本筋ではありませんが、「批評」という行為の捉え方になるほどと思いました。
メモを兼ねて、308頁の引用(要約)です。
批評という行為には、自分が実際に経験した事柄以外へと開かれていく、外部的な視座・観点というものが不可避的に必要となってきます。個人の嗜好、経験、身体性、心の問題といったパーソナルな要因が批評に必要なのは当然のことですが、実際に批評を書こうとするに当たって、そういった個人的なファクターと外部からの批評視座とのあいだには、必ずノイズや軋轢が生じます。自分の身体の反応と、外部から与えられた教育や歴史との相克というものを、記述の中にどうにかして捩じ込む、という行為が批評だといえます。

と著者は述べた上で、ブログの普及で批評という行為が増えている一方、それは自分の身体性一辺倒なものに偏りつつあることに言及しています。
「何かを勉強して何かを批評する」という態度。
心にとめておきたい。

内容(「BOOK」データベースより)
今あるべき「ジャズの歴史」とは?そもそも「ジャズ」って何なのか?音楽家/文筆家・菊地成孔と気鋭の批評家・大谷能生が、スウィング・ジャズの時代から現在までの百年を語り倒す。三百人もの受講者を熱狂させ、刊行されるや音楽好きと本好きを沸かせたスリリングでポップな講義録、待望の文庫化!文庫版あとがき対談も収録。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
菊地 成孔
1963(昭和38)年、銚子市生まれ。音楽家、文筆家、音楽講師。85年にプロデビュー。デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン、SPANK HAPPYなどでジャズとダンス・ミュージックの境界を往還する活動を精力的に展開。現在は菊地成孔ダブ・セクステット、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールを主宰して活動中

大谷 能生
1972(昭和47)年生まれ。批評家、音楽家。96年、音楽批評誌「Espresso」を立ち上げ、02年まで編集、執筆。日本のインディペンデントな音楽シーンに実践と批評の両面から深く関わる。菊地成孔とのコンビによる講義は02年、アテネ・フランセ映画美学校で始まり、東京大学教養学部(04年度、05年度)と慶應義塾大学(08年度)でも行なわれた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 ]
comments(0) : trackbacks(0) : 

『ラッシュライフ』(伊坂幸太郎)

評価:
伊坂 幸太郎
新潮社
¥ 660
(2005-04)
冒頭に挿入されているエッシャーの騙し絵「上昇と下降」のような物語。
一気に物語が進行していって、ページをめくる手が止まらなくなる感覚が爽快。

「ラッシュライフ」を読んでから「上昇と下降」を見ると
「上昇と下降」そのものが人生の縮図になっていることに気づきます。
ひたすら階段を昇り続ける人と
ひたすら階段を下り続ける人と
離れたところから彼らを傍観している人と
階段に座り込んで物思いに耽る人と。
小説を読んで絵の見方が変わるっていうのは初めてで、面白い体験でした。

ばらばらだった4つの物語(視点)が相互に交錯して
一つの壮大な物語に収束していく様が見事で、
この物語全体が、一枚の騙し絵のよう。
物語として完成されているのに、強烈な非現実感が同居しているのは
騙し絵と同じで、どこかに仕込まれたわずかな歪みのせいでしょうか。

その後の黒澤が「重力ピエロ」にも登場していたり
伊坂幸太郎の作品って、一つ一つが騙し絵になっているのに加えて
それらを全部集めると
もっと大きな別の騙し絵ができるんじゃないかって気もしてきます。

部分部分に目を奪われていると
魚が鳥になったり、絵のトカゲが本物になってはい出してきたり
「あれれ?」って狐につままれたような気分になるような何かが
いつのまにか起こっているかもしれません。

これだけの複雑な騙し絵を創り出す
伊坂幸太郎の頭の中がどうなっているのか、
非常に気になります。

ラッシュライフの登場人物の中では、黒澤が一番好き。
自分のポリシーに従って飄々と生きるプロフェッショナルな泥棒。
自分が楽しみながら、他者への気配りも忘れない。
経験豊富で、良いことも悪いことも、色んなことを深く知っていて、
その上で人生を目一杯楽しんでるような人物。
人生は誰もがアマチュアで初参加だとか
プラナリアも飽きるのに人間が飽きないわけがないとか
名言をたくさん語りまくってます。
黒澤みたいな人が近くにいたら面白そうw

最後、豊田が戸田に一泡吹かせるシーンも気持ちいい!
その後の宝くじはどうなったんでしょうね。
宝くじが当たっていても外れていても、
彼はもう大丈夫って思わせるシーンでした。

そういえば6月から渋谷Bunkamuraで、騙し絵展が開催される予定。面白そう♪
今回はエッシャーではないようですけれど。
同じくBunkamuaで二年前くらいに開催されたエッシャー展の時は
3時間待ちで激混み(最終日に行ったのがそもそもの間違い)でしたが
あれはエッシャーの名前に人が集まったのか、騙し絵に人が集まったのか
今度の騙し絵展の混み具合で分かるかも知れませんw

出版社 / 著者からの内容紹介
泥棒を生業とする男は新たなカモを物色する。父に自殺された青年は神に憧れる。女性カウンセラーは不倫相手との再婚を企む。職を失い家族に見捨てられた男は野良犬を拾う。幕間には歩くバラバラ死体登場――。並走する四つの物語、交錯する十以上の人生、その果てに待つ意外な未来。不思議な人物、機知に富む会話、先の読めない展開。巧緻な騙し絵のごとき現代の寓話の幕が、今あがる。
 ]
comments(0) : trackbacks(0) : 

ズッコケ中年三人組(那須 正幹)

評価:
那須 正幹
ポプラ社
¥ 1,050
(2005-12)
あの三人組が中年になって帰ってきた!

元気いっぱいで早とちりのハチベエ、学者肌で本の虫のハカセ、のんびりやで食いしん坊のモーちゃん。

小学生の頃大好きだったズッコケ三人組シリーズ。
当時発売されてたのは全部持ってて、何度も読み返して内容覚えちゃうくらい
かなりのズッコケファンでしたが
小学校卒業と前後して、いつのまにやらズッコケシリーズも卒業。
その後どうなったのか、つい最近まで全く気にすることもなく
あれから10年以上の時が経ちました。

その間にズッコケ三人組も小学校を卒業し、シリーズ最終話を迎えていたようです。
その後、児童書ではなく一般向けとして出版されたのがこちら。
「ズッコケ中年三人組」
何気なくamazonを眺めていたら、たまたま目に止まりました。
40歳のズッコケ三人組を描いた物語です。

小学生の頃の三人組って、
冒険したり発明したり株式会社を作ったり
型破りなことに挑戦して、活躍して、時には大人も出し抜いて、
普通の子供達がしないような経験をたくさんしていて
ある意味、子供達のヒーロー的存在だったと思うんですよ。

で、その三人がどんな大人になったのかというと
起業家、希代の天才学者、有名シェフ・・・
といった華やかな職業についているわけではありません。
コンビニの店長と、窓際の中学教師と、レンタルビデオ店で働くフリーター。
どこにでもいる普通の(冴えない)おじさん。

三人それぞれが、家庭のことや仕事のこと、
肩に重くのしかかるシビアな現実と大人の悩みに苦しみながら
それでも何とか、平々凡々とした日常を送っています。
冒頭で紹介される彼らのこうした状況は、正直なんだかやるせない。。。

そんな中年三人組の元に届いたのは、かつて対決した怪盗Xからの挑戦状。
最初は「もうあの時のような子供じゃないんだ」っていうスタンスで
決して乗り気ではなかったハチベエ達ですが
事件と関わり合いになるにつれて少しずつ、
昔のように積極果敢な三人組に戻って活き活きしてくる様子が面白い。

終盤では、歳とともにまとわりついた手枷足枷を振り払ったのか
忘れてしまっていた何かを取り戻したのか
三者三様に個性的に立ち回って、抜群のチームワークを発揮する三人組が見られます。

独身のキャラが男女一人ずつ登場するんですが
その二人は最初から比較的アクティブで、挑戦状にも結構乗り気。
二の足を踏む他のキャラクター達を、鼓舞して牽引する役割を果たします。
結婚しない方が若くいられるってことでしょうか!?(笑)

最後まで読んで
「ああ、やっぱりズッコケ三人組だ」
って感じました。
どこにでもいるような普通の人が、普通なりに知恵をしぼって何かを成し遂げるってところが読み手を惹きつける。
小学生の三人組も、中年の三人組も、きっと根っこは同じ。
「できないって決めつけないで、やってみようよ」って優しく語りかけて立ち上がるための手助けをしてくれる本。
中年三人組に関しては、「子供の心を思い出して!」ってメッセージも込められてます。

特に昔ズッコケ三人組シリーズを読んだ方は、懐かしくなること間違いなし◎

***
個人的な余談。

これとは対照的に、今は全く手の届かない雲の上の存在を見せつけられて、
憧れと悔しさで必死に追いかけたくなるようなタイプの刺激も、私は好きです。
むしろ優しくされると、現状満足して怠けるので一歩を踏み出さなくなるw
刺激を受けて忙しく必死に動き回ってる時って、とにかく濃くて楽しい。

それから、この本を読んで、
思わず小学生の頃の自分を振り返ってしましました。
三人組ほどは歳をとっていませんが、それでも、
知っていることもできることも増えて、ちょっと賢くなった分
手枷足枷がずいぶん増えて、自分を縛ってるなぁって感じはします。

小学生って良くも悪くも世間知らずなので
頑張れば何でもできるし、何にでもなれるって結構本気で思ってるし
やりたいことに素直で忠実だし、
それが良いことなのかどうかとか、他の人にどう思われるかとか、常識とか
余計なことに囚われず、無鉄砲。

自由で壮大なビジョンを描くってことにかけては、ある意味、子供が最強だと思う(笑)

でももちろん、それだけではそこから進めないので
客観的に自己分析したり、状況を把握したりすることが必要なのは間違いない。
(子供はともかく、大人は)ビジョンを描いたのなら、実現して成果にしなきゃ何もしてないのと同じこと。

ただ、実現可能性っていうマジックワードの縛りが、時々とっても胡散臭い。
本人は客観的に縛りをかけてるつもりでも
実は単なる思い込み!?
っていうのが結構たくさんある気がします。世の中にも、自分にも。

結局はバランスっていう、何も言ってないに等しい言葉しか出てこないのが非常に気持ち悪いんですが、
無意識に選択肢や可能性を狭めてないか、見えてない他の道はないか。
たまに立ち止まって見返した方が良さそうです。

いったん、ある程度賢くなってしまった大人は、
今見えていないものを見ようと探すくらいが、ちょうどいいのかもしません。

JUGEMテーマ:読書
 ]
comments(0) : trackbacks(0) : 

PLUTO(浦沢直樹、手塚治虫)

評価:
浦沢 直樹
小学館
¥ 550
(2009-02-27)

試験期間中、eBOOKOFFで6巻セットを見つけてしまい、ポチっと衝動買い。
一日一冊ずつ読んでましたw
ネットショッピングは衝動買いを加速させます。

そんな話はさておき、本題。
いつも漫画はレビューしないんですが、これは本当に面白い。

この作品は、鉄腕アトム「地上最大のロボット」編のリメイクです。
見所は何といっても、ロボット達の心理描写。

原作も、幼稚園か小学校低学年くらいに読んだことがあるのですが、
もっと淡々と、ロボット同士の「力比べ」に焦点を当てていたような気がします。
ロボット達は多くを語っていませんでした。朧気な記憶ですが。

その意味でPLUTOは、鉄腕アトムそのもののリメイクというよりは
そのエピソードを下敷きにしながら
原作では描かれなかった部分を描き出したanother story、という方が正確かもしれません。
ロボット達が何を思い、何を感じているのか、
表情豊かなロボットも、そうでないロボットも、どちらも丁寧に描かれています。
葛藤、苦悩、後悔、悲哀、憎悪、使命感、トラウマ、愛情、思いやり・・・
ともすると人間以上に人間らしいロボット達。
思わず感情移入してしまう。
混沌から目覚めたロボットは、どこへ向かうのでしょうか。

一気に読んだので、どの巻かまでは覚えていませんが
ロボット判事が画期的判決を下したというエピソードがちらっと出
てきます。
ロボットだからこそ、厳格な裁判が期待できるという意見。
ロボットなんかに、人を裁くことができるわけないという意見。
PLUTOの世界では、賛否両論、議論が白熱しているようです。

作者がこのエピソードで浮き彫りにしたいのは
「ロボットには人の気持ちが分からない」という偏見による、ロボット差別
だと思うので、本筋ではありませんが
「ロボット判事」という言葉に反応して考えたことを少しだけ。

仮にロボット判事がいたとして
ロボットが判事になること自体の是非は置いておくとして
懸念として脳裏をよぎったことは、
ロボットが正確であるために、その結論が絶対視されること。
善悪判断と正誤判断とが混同されて、前者が後者にすり変わる危険。

と思いつきで書いてみましたが、よく考えてみると
正確だからこそ、先立つ善悪判断の問題点が浮き彫りにされて
物議をかもすこともあるかもしれませんね。

どっちに転ぶか分からないということは、
それほど決定的な要素ではないのかも。

ここからは完全に脱線。自分用メモみたいなもの。
法律判断って、論理と感情(直観的な感覚)のバランスをどう取るかで決まっているようなところもあるけれど
法律書片手に勉強していると、感情を置いてけぼりにして
どんどん論理の方ばかりが優勢になっていくような感覚を持つことがあります。
刑法は、特にそれが顕著。
元々がとても論理的に体系づけられているせい?
論理的にすっきり説明できているように思えても、
時々立ち止まって、「その結論って何だかおかしくない?」っていう素朴な感覚を確認しないと
それこそいつのまにか、目的手段を取り違えることになりそう。
論理的にすっきり、とはいっても
一番上の部分では何かしらの価値判断をしてるわけだから
目的手段の取り違えが起きるってことは、論理的にもきっとどこか破綻しているわけですが
そういう綻びを察知するのは、直観の方が優れているような気がします。

JUGEMテーマ:漫画
 ]
comments(0) : trackbacks(0) : 

読書めも

まだレビュー書いてない本達。最近書く時間をとってないので簡単に。書かないよりは良いかなと思うので。
この他にもあった気がしなくもないけど、それは思いだしたら。


◆社会を変えるを仕事にする
◆チェンジメーカー
価値創出の仕組み化がキーワードのこの二冊は、モチベーションアップに最適。こういう人達と一緒に仕事ができる場にいたい。


◆重力ピエロ
たとえ真実とは違っていても、信じてさえいればその人にとってはそれが真実。血のつながりよりも強い絆で結ばれた家族を中心に物語が展開します。絆っていうとなんかキレイゴトで嘘っぽいけど、この家族のつながりはもっと現実的で、ドロドロした暗い部分を昇華したような強さ。現実の中の理想の家族ってこんなかも。

初めから真っ白なものより、黒を取り込んだ白の方が映えますよね。不思議なことに。


◆ミッキーマウスの憂鬱
◆7つのフレームワーク力
目から鱗。見た目がちゃらいけど中身はものすごく濃い。勝間さんの「知的生産術」は酷評しましたが、一転して勝間ファンになりました。来年の手帳は勝間和代手帳ですw

◆経営者の条件
◆ロジカルシンキング
こういう本を読んでなるほどと思うまではいいんですが、どうすればきちんとNSにつなげられるかが大きな課題。


 ]
comments(2) : trackbacks(0) : 

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

決して派手ではない。
でも、間違いなく良書。

壮大で美しいドキュメンタリー。

「(xのn乗)×(yのn乗)=(zのn乗)
この方程式は、nが2より大きい場合には整数解を持たない。

私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、
余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。」

プロ数学者に一泡吹かせるのが大好きなアマチュアの天才数学者、ピエール・ド・フェルマーが残した走り書き。
命題自体は誰でも理解できるほど至ってシンプル。
にも関わらず、この走り書きが三百年以上も稀代の天才達を悩ませることになる。
(正直、フェルマーはなんて性格の悪いおじさんなんだと思ったw)

この本は、数学という独特の世界観を素人にも感じられる(もちろん理解はできてないけれど、数学に人生をかける人々が何に魅せられているのか雰囲気が伝わってくる)ように平易かつ的確に紹介するとともに、現代に生きる数学者ワイルズがこの難問に挑戦し、クリアするまでの紆余曲折を綴っています。

もしかしたらそもそも偽ではないのか。
この難問に答えはあるのか。

そんな疑問が時に頭をよぎりながら
また数学者の大勢もそのような方向に流れる中
独り孤独に、静かに、闘い続けた男の物語。

一つ一つパズルのピースがはめられていく過程に興奮する。
いつのまにか、ページをめくる手が止まらなくなる。
そんな本。プロジェクトX好きな人は絶対気に入る。

この本で紹介される数学の世界は何より美しくエレガントで
文系人間をも魅了する力を持っています。
何者も寄せ付けない、完全美の世界。
無味乾燥という言葉の対極。

「数学嫌い」って言ってる人に片っ端から読ませたい。
高校までに習った数学は、全然「数学」じゃありません。
複素数平面という概念の説明一つとっても、
自分の中の固定観念が塗り替えられる感動があります。
読み終わるころには、数学のイメージが180度変わっています。


この本は、最後で今後の数学界の展望についても言及しています。
コンピュータの発達が、美しくエレガントな数学の世界を侵食しつつあるというのは興味深い話。コンピュータによって今までは考えられなかったような泥臭い根性算(ex何千通りに場合分けしてそれぞれ証明する、とか)が可能になってしまい、エレガントな証明を思いつかなくても命題が証明できてしまうケースが登場しているのだとか。コンピュータはあらゆる分野に変容をもたらしますね。

この話で、コンピュータの発達で失われていくものがあるとしたら「要領の良さ」「要領を良くする一工夫」なんじゃないかと思いました。criativityを要する発想力や創造力の類は、少なくともしばらくの間はコンピュータには遂行不可能な部分でしょう。人間がやるしかないのなら、人間はそれを行い続けるでしょうし、失われる心配はない。一方、地道な計算力や労働力それ自体もコンピュータが取って代わったところで今までと実質何も変わりはない。人間がやらなくてもコンピュータが完全に代替しているので、主体は変わっても世の中から失われることはない。

問題は、根性算のような面倒なものをコンピュータに投げてしまえば、工夫して簡単な計算方法を探そうという発想がそれこそ世の中から失われてしまうこと。コンピュータは根性算を一瞬にしてやってのけることで結果を導くための補完にはなりますが、工夫して計算するという人間の営みをそっくりそのまま代替するものではありません。にもかかわらず人間は、工夫しなくても結果が得られるなら、工夫しようとは思わなくなる。

コンピュータが人間の考える力を奪う、コンピュータに依存すると頭が衰える、というのはこういう意味なんだなと、なんだかすごく実感しました。そして漠然とした恐怖を覚えました。
「コンピュータが人間のような創造力を持つはずがない」という指摘は、コンピュータの脅威に対する反論として的はずれで、むしろそうであるからこそ脅威なんですね。人間と全く同じことがやれるわけじゃないのに、結果だけなら同じ結果を出せてしまう。


脱線しましたが、とにかくおすすめの一冊です。
数学の美に触れたい方は是非。
数学を毛嫌いしているあなたも是非。
数学を理解できなくても、魅力を感じることはできます。

余談になりますが、数にまつわる面白いトリビアもたくさん紹介されています。
印象に残ったものを一つ。

十三年蝉や十七年蝉という蝉がいるそうです。
地中に潜りっぱなしで、13年又は17年に一回だけ地上に大発生する。
神様の悪戯なのかただの偶然なのか、どちらも寿命が奇数。

これは何故か?
一つの考え方は、蝉の天敵の寿命との関係。
蝉は天敵と出会わないよう寿命を延ばした。
天敵も負けじと寿命を延ばした。
しかし両者は、両者の寿命の公倍数の年にしか顔を合わせない。
蝉の寿命が13年になった時、天敵の寿命が12年だったとしたら
両者は13×12=156年、顔を合わせないことになる。
天敵は13年の寿命に進化する前に、栄養源の蝉にありつけず絶滅してしまった!?

細かいことを考え出すとこれが真実かどうかはよく分かりませんが
確かに理屈として筋が通らないではありません。
数の神秘が自然界に及ぼす影響。深い。

そういえば本筋からは離れますが、アメリカでのエイプリルフールは、大人も大まじめに嘘をつくんでしょうか。4/1に「フェルマーの最終定理に解を見つけた」とするメールが数学者の間で出回ったり。他にも地下鉄の落書きの社会性とか、随所に文化の違いが出ててそれも面白かったです。

【追記】
面白かった発想を思い出したのでメモ。
整数は無限にある。奇数も偶数も無限にある。
奇数は整数のうち2つに1つなのだから、整数より個数が少ない感じがする。
でも無限は無限。集合の大きさを観念できない以上は、多いも少ない無い世界。
確かに。うーん。不思議。


内容(「BOOK」データベースより)
17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」以後、あまりにも有名になったこの数学界最大の超難問「フェルマーの最終定理」への挑戦が始まったが―。天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション。
 ]
comments(2) : trackbacks(0) : 

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)

評価:
速水 健朗
ソフトバンククリエイティブ
¥ 735
(2008-02-16)
構造的に「自分探し」に駆り立てられる若者達と、それを食い物にするビジネス。どっちもどっち。
読んだのはかなり前です。今ちらっと見返して思うことをつらつらと。

次の部分が印象に残りました。

この世の中は「やりたいこと」を仕事にした人だけで構成されているわけではなく、むしろ仕事を「やらなくてはいけないこと」としてやっている人たちで構成されているという認識が抜けているのだ。「誰もやりたがらないことを進んでやること」に対する価値への配慮がまったくないのは問題だろう。


昨年の終わりごろは自分の中のwantの弱さに振り回されてましたが、自分なりの納得ポイントを作ってそれは落ち着きました。着地点はというと、canやmustの方が強くたってwantが強い人とは別の役割が生じるし、wantが強い人ばかりじゃ組織成り立たないよねーって結論。上の引用部分と近いと思います。キャリアを考えるには、この三円全てのバランスが肝。

もっとも、wantとmustとcanの三円の重なりの先にあるものは「自己実現」なので、それ自体が「自分探し」だろって言われたら見も蓋もありませんが。でも、広い意味での「自分探し」(=少しでも楽しく、充実した毎日を送るための試行錯誤、かな。)は誰もがみんなしていることだろうし、この本が批判の対象としている「自分探し」はwantだけに着目してcanとmustを無視している類のものだと私は解釈しました。

三円の話をするときのwantって人によって強弱あって、私はどちらかと言えば弱い方。そういう場合にどうやって見つけるかって言うと、自分の内側だけをいくら綿密に探しまくったところで、答えになるwantがぽんっと出てくるわけじゃないんですよね。試しにやってみてとか、他の人の実体験を見聞きしてだとかしながら、ちょっとずつ朧気に見えてくるもの。元々あるものを見つけるっていうよりは、そんな風に外と内とを何度も行き来するうちに、新たに具体的ではっきりしたwantが形成されていくって言った方が近いのかもしれません。

何もないところに形成されるわけもないので、軸くらいはどこかにあるのかもしれませんが。でも、軸を外れることなんて心配するまでも無いんだと思います。ある先生もおっしゃっていましたが、人間直感を信じて間違うことはない、放っておけば好きなもののある場所に落ち着くから大丈夫。そういうもの。
きっと、「やりたいことが見つからない」「本当の自分は別にいる」って考えてるのは当人の理性の部分だけで、本能はちゃんと知っててそれが行動の一つ一つにも反映されてるんです。不思議なことに。

方向が分からなくても、精一杯頑張って走っていれば「なるようになる」。
だからむしろ着目すべきは、自分て何なのっていうことよりも、「頑張る」っていう条件の方。

それがあなたの精一杯ですか?
絶対にそれ以上できませんか?

という問いかけほど、怖い問いかけは無いなと今思った。


内容紹介
自分探しの罠にはまらないための道を探る!
自己啓発や自己分析でかえって己を見失ってしまう若者や、自分を探しに世界へまで飛び出してしまう夢追い人など“自分探し”は日本中に蔓延している。
中田英寿から「あいのり」まで幅広い分野での自分探しを分析し、その実態を探り出す。

レビュー
出版社からのコメント
就職しないで夢を追い続けるフリーター、いきなり自分を探すために世界へはばたいてしまう若者、自己啓発にのめりこんでしまうサラリーマンなどなど……現代の自分探しの諸相を徹底的に分析する!
中田英寿から「あいのり」にまで見られる「自分探し」のルーツも探り、かえって自分を見失ってしまうような罠に陥らないための方策を考える一冊である。


JUGEMテーマ:読書


 ]
comments(0) : trackbacks(2) : 

偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1))

ちょっと考えてみれば分かることですが
エコ推進にも反対にもどちらにも利権が絡んでいます。
判断材料の一つとして、逆の意見を聞いてみるのもいいんじゃない。

これだけを鵜呑みにして
「環境問題なんて知らない!」って態度を取るのもどうかと思いますが
今まであまり聞こえてこなかった立場の視点を提供してくれる本ではあります。

私見ですが、周りを見ているとエコバックとかマイ箸とか
環境に良さそうって理由はおまけでしかないような気がします。
実際はお洒落感覚でやってる人の方が多いんじゃないかな。
なのに、そんなにエコに対する実効性を取り上げて
神経質にあーだこーだと議論しなくてもいいんじゃないかと思うのは私だけ?
私自身が友人知人がそういうものを使っているのを目にしても
「エコに気を使っててすごい」とか「意味無いのにw」とか思うより、
「あ、そのお箸(バッグ)可愛い(微妙)」って感想ですし。
たとえ環境に良いっていうのが嘘だったと分かったとしても
極端な害で無い限り、愛用者は使い続けると思います。

ただ、もし科学的には間違いだと明らかな事実が常識として通用しているとしたら、それ自体は確かに問題だよね。目を向けるべきなのは、各論よりそっち。間違いが常識としてまかりとおる、あるいは常識として形成されてしまう情報流通経路の方。
JUGEMテーマ:読書


 ]
comments(0) : trackbacks(1) : 

コンサルタントの「質問力」 (PHPビジネス新書 52)

体系立てて説明されているので分かりやすい。
そのあたりはさすがコンサル。
最近こういう本を読んで思うことは大体一緒で
「どうやって身につけるか。」ということ。

やることを理解しても、できるかどうかは別問題で
きっとこういうことができる人にとっては
日常の繰り返しの経験を積むうちに、気がついたらいつのまにか身についているような感覚なのでしょうが
結局そこがよく分からなくて一番知りたいことでもあり、
でも説明はできない次元のことなんだろうなとも思います。
とはいえ何もやらずに、ある日突然身についていたなんて素敵な魔法があるわけはないので、とりあえず手探りでもがいてみるしかありません。

以下、内容メモ。

「ニーズをシーズでウォンツに」

<質問力がある人>
(垢力
「うなずきと短い質問」
鋭い質問
問題意識の仮説→質問
事実を使って全体像
全体→部分、部分→全体
事実、全体像、選択肢の組み合わせ→質問
ぜ己開示させる力
本当に大切なものは何かに気づいてもらう
信頼関係、安心感
世間話から情報を得る能力
ナ語を聴く力
メッセージを読み取る
Χ気を読むのがうまい

<コンサルタントの質問力>
_樟睥
問題点の仮説、解決策の仮説
過去〜現在軸の仮説&未来軸の仮説
仮説構築のための事前リサーチと仮説検証フェーズとしてのインタビュー

・蝶ネクタイチャート
質問したい内容(何が聞きたいか、何が聞けそうか)→主テーマ明確化→質問設計
インタビューの中で即座に仮説を修正

・状況認識によるシナリオ修正
・仮説を立てながら、仮説を捨てる(ゼロベース思考)
   『これで間違いない』と思った時から敗北は始まっている
   既成概念を見直す勇気とクセ、業界や会社の常識を疑う
   違う立場だったらどうするか?
・「傾聴」と「共感」
   強く共感しながら客観的に見る
   思考枠組みの外部への呼び水
   「三歩先を読み、二歩先を語り、一歩先を照らす」
   具体的、具体的、抽象的な質問
・どんな思いを持って聞くか

∨楴僧
場を「見える化」し、「論理的に整理」し、内容の「絞込み」をし、最終的に「ワンメッセージに凝縮」できる力

・質問を投げかけ、本質に到達する手助け
・うなずきと短いコメントで相手の話をコントロール
・「鳥の目」と「虫の目」
・矛盾をつく
・本質に達するまでの「なぜですか」と「わかります」
・本質を求める探究心、自分で考える習慣
・ワンメッセージ化

(まとめる力)
・リピートと言い換え
・組み合わせ力

シナリオ力
質問プロセスのデザイン

・フレームワーク
・「長いシナリオ」「短いシナリオ」
・質問の仕方と聞き方
・具体→抽象への積み上げ、抽象→具体に落とす
・上下左右、縦横無尽に質問を変える
・軸をずらし軌道修正
・発言の裏の真意
・血の通った理念と自分たちの存在意義
・共感や納得のためのストーリーテリング:心と実体験

内容紹介
聞きたいことがなかなか聞けずに話が終わってしまったり、的外れな質問をしてその場をしらけさせてしまったりしたことが、誰にでもあるのではないだろうか? 優れた「質問」の能力は、多くのビジネスパーソンに求められているもの。
その「質問力」をもっとも必要とされる職業の一つがコンサルタントだ。
コンサルタントは優れた質問により、短時間でクライアントの信頼を得て、彼らの抱える問題の本質を探り出さなくてはならないからだ。
本書はこの「質問力」をテーマに、優れたコンサルタントが人と話をする際の、思考の流れと質問のテクニックを説くものである。
短時間で相手の気づきを生み出す「仮説力」、問題の真因を引き出すための「本質力」、そしてゴールに向かって質問を進めるための「シナリオ力」の3つの視点で、プロの質問力とはどういったものかを解き明かしていく。


JUGEMテーマ:ビジネス
 ]
comments(0) : trackbacks(0) :