Eggs&Seeds

キレイゴトと毒が目一杯詰まった法科大学院生のブログ。
いつか殻を破って何かになりたいと企みながら
頭に浮かんだ独り言をありのままに吐き出します。皆様見守ってやってください。
感想・ご意見その他、コメント・TB大歓迎☆(但し、スパムは見つけ次第削除させていただきます。)

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嘘はつきたくない

楽しくないものを「楽しい」と言ったり
すごいと思ってないのに誉めたり
本当は気が進まないのに「〜したい」と言ったり
実行するつもりもないのに「〜しよう」と言ったり
そういう振る舞いは嫌い。


心にもない言葉(もしくは思ってることと矛盾する言葉)を発して場をつなぐくらいなら
本心も含め何も言わない選択肢をとります。
これなら少なくとも嘘はついてない。
言葉に出すことは、確かに心の中にある事柄だけにしたい。

私は人見知りしますが、自分に嘘をついてまで周りに合わせる「協調性」は持ち合わせてません。嘘にならない範囲ギリギリの無難な対応(大抵は「何も言わない」こと)をすることはありますけど。本心を言うのが好ましくない場合は仕方なく。
それはそれでどうかとも思いますが、そこは必要なタテマエだと私は思っているので。

けれど嘘をついてしまうと、その場はよくても、どこかで発言に矛盾が出る。本人にその自覚はないのかもしれませんが、少なくとも周りの人は矛盾に気づく。そしたらもう二度と、発した言葉を信じてもらえなくなる。

それに、嘘の「すごい」「楽しい」という言葉を言われたとして、本当に嬉しいでしょうか。
あまり嬉しくないとしたら、その程度の効果しかない言葉のために、自分の発言に対する信頼を失っていいんでしょうか。

場を盛り上げるための冗談として、嘘を使う人もいます。
それも私は好きではありません。
狼少年の話がありますよね。
たとえ冗談の嘘だったとしても、平気な顔で嘘をつける人の言葉は、それが真剣な場面になっても、どこまで本気か疑ってしまう。
言葉通りの可能性もあるけれど、もしかしたら発言に「裏」があるかもしれなくて、そういう二つの可能性を相手に持たれてしまったら、それは信用を失ったということ。

こんなことを言うと
冗談が通じないと思われるかもしれませんが
頻繁に嘘を使っている人の発言を
場面が変わっただけで、心から信用できますか、という話です。
一瞬でも「本音は別にあるんじゃないか」と思ったら、それは信用とは言えない。
よほど付き合いが長いとか、そういう事情があれば別ですが。

優しい嘘の存在も否定はしませんが、それを「優しい」と呼べる場面はとても限られていますよね。

よほどのことがない限り、嘘はつきたくありません。
徒然草 ]
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